デキる男の朝は一枚の板チョコから始まる

異物日記

 デキる男の朝は一枚の板チョコから始まる。ナレーターの口調を真似してそう言いながら、板チョコの銀紙をペリペリめくり、板チョコをひとくちかじる。寝起きに板チョコを食べるのが僕の日課だ。チョコレートに含まれるカカオポリフェノールには脳をリラックスさせる効果があり、常に情報の波にあっぷあっぷと溺れかけている現代人には必須の成分、とかいうのは全て嘘で、普通に甘くておいしいから毎朝食べている。

 朝の空腹に身を任せ、ガツガツと板チョコをむさぼる。3口目あたりで脳から幸せな液体がブシュブシュと分泌されはじめ、半分食べたあたりで喉が痛くなってくる。あっという間に1枚を食べ終わり、幸せな液体で脳をトロトロにしたあとは、もう一度布団に入り直す。

 布団の中に入ったら、もぞもぞとnintendo switchを起動。起きて、チョコを食い、10時間どうぶつの森をやる。これがデキる男のルーチンというやつだ。さて、今日は何をしようか。とりあえず雑草でも抜くか。あっ、今日は釣り大会か。いっぱい釣るぞ~~。あ、あんなところにでかい魚影がある! あれはもしや……ブラックバスかよ。ああ、あっちにもでかい魚影が! ブラックバスかよ。次こそは……ブラックバスだ。この島にはブラックバスしかいないのか。

 なんてことをしているうちに、窓の外は暗くなっていた。どうぶつの森をやっている間は時間の流れが速くて困る。いい加減腹が減ってきたので、冷蔵庫の中を確認。う~ん。何もないなぁ。あっ、ベーコンがある。むしゃむしゃ。ウインナーもあるじゃないか。しかもパッケージに調理せずに食べても問題ないって書いてある。むしゃむしゃ。スライスチーズもあるじゃん。むしゃむしゃ。ふう、満足。

 食事を終えたあとは、再びもぞもぞとベッドに入り、どうぶつの森。悪口や陰口なんて言わない島のみんなとおしゃべりして、魚と虫とくだものを売って生計を立てる。僕もこんな生活をしたいよ……。

 僕もこんな生活を、こんな生活を、と言っているうちに、だんだん体の浮遊感が増してきて、まぶたが重くなる。もうこれ以上起きているのは無理だと判断した僕は、バッテリー切れを起こす前に、と急いで歯を磨き、トイレを済ませて部屋の電気を消す。そのまま暗闇の中をフラフラ歩いて、ベッドの前に立った途端エネルギー切れを起こしてベッドにバタリと倒れ込んだ。




 気づくとそこには見慣れた天井があった。僕の部屋だから。あー、よく寝た。やっぱり平日からキメる10時間睡眠はたまんねぇぜ。アラームはつけないに限る。自然に目が覚めるまで眠るのは至福だよなぁ。などと思いつつ、ベッドからむくりと立ち上がる。

 右手で頭を、左手で尻をボリボリボリボリボリボリかいたあと、トイレと歯磨きと朝風呂を済ませて、再びベッドに潜り込む。ベッドの中でnintendo switchを起動し、どうぶつの森を立ち上げる。起動時間中に朝食代わりの板チョコをむしゃむしゃしていると、ロードが終わって主人公が現れる。雑草を抜いて、アゲハチョウを捕まえて、ブラックバスを釣っていると、いつの間にか窓の外が暗くなっていた。いい加減お腹が空いたので、冷蔵庫を漁る。運良く食パンとあんこがあったので、冷蔵庫の前でそれらを貪り、3枚食べたあたりで満足してベッドに戻る。さてさて、どうぶつの森の続きだ。マイル旅行券を使って他の島に行こうか。ネルソンくんと戯れるのもいいかな。僕はネルソンくんが大好きなんだ。いや、まだ釣りを続けたいような気もする。ところで、あつ森にはみしらぬネコは出てこないんだろうか。彼のことも好きだったんだけどなぁ。

 ひと通りどうぶつの森で遊ぶと、時刻はもう深夜1時。眠くなってきた。バッテリー残量が少ないことを示す、頭のフラフラが出てきた。バッテリーが切れる前に歯磨きとトイレを済まさないと。うう、動きたくない。もういっそこのままベッドから出ずに、そのまま寝ちゃおうかな。いや、口の中が気持ち悪くてぐっすり眠れそうにない。うううう、仕方ない。出るか。出るぞ、出ますよ。あと3秒したら出る。3,2,1、はい、はい出た。じゃ、歯磨きしますか。トコトコトコ。ゴシゴシゴシ。ぐちゅぐちゅ。はい終わり。じゃ、次はトイレに行こう。うう、バッテリー残量がまずい。艦長! 惑星トイレに寄っていたら母艦ベッドに着く前にバッテリーが切れてしまいます! むむう、ならば惑星トイレは見送れ! 我が探査機のスペックならおねしょすることは無いだろう。はい! ではおもかじいっぱい! 母艦ベッドに向かいます! トコトコトコ。バタリ。




 気づくとそこには見慣れた天井があった。僕の部屋だから。あー、よく寝た。やっぱり平日からキメる10時間睡眠はたまんねぇぜ。アラームはつけないに限る。自然に目が覚めるまで眠るのは至福だよなぁ。ところで、どうぶつの森が発売されてから毎日同じ生活をしている気がする。もしかして、僕が気づいていないだけで、この世界はループしているんじゃないか。突然部屋の窓が割れて、うつくしい女の人が乗り込んでくるんじゃないか。僕がその美しさにみとれていると、その女の人は言うんだ。「話はあとよ! ついてきて! ……その目……! あなたは今、何周目なの?」何周目だっけ。僕はいつからループしているんだ? カレンダーカレンダー……えっと、今日は30日だから……えっ。ループしていない? 僕が同じような生活を10日間も送っていただけで、別に世界はループしていなかった? じゃあうつくしい女の人は現れない? そっか……。そっかぁ。


 『状態異常《発狂Ⅰ》を獲得しました』

 春休み、まわりの同級生たちが彼女とちちくりあっている中、僕はひとりで10日間もどうぶつの森を……?

 『状態異常《発狂Ⅰ》が《発狂Ⅱ》に変化しました』

 このまま、僕は、ひとりのまま、ベッドから出られず、一生を終えるんじゃないか? 何もなさないまま、何もなせないまま……。

 『状態異常《発狂Ⅱ》が《発狂Ⅲ》に変化しました』

 何もなせない。今からじゃ遅い。僕の死と同時に、僕は世界から忘れ去られる。

 『状態異常《発狂Ⅲ》が《発狂Ⅳ》に変化しました』

 じゃあ今ボクが存在している意味は? あるのか? どうせあと何十年かのうのうと資源を食い続け、何もなせずに世界から無かったものにされるなら、今消えたほうが世界のためなんじゃないか?

 『状態異常《発狂Ⅳ》が《発狂Ⅴ》に変化しました』

 『スキル《狂化》を獲得しました』

 いや、消えるのは世界のほうだ。

 『スキル《狂化》を発動しますか?』

 僕が消してやる。

 『種族が《ヒューマン》から《魔族》に変化しました。』


 カーテンも開けていない薄暗い部屋の中、毛布にくるまって、無機質な機械音声のマネをしながら、「魔族専用スキル《炎獄》を獲得しました」などという意味不明なことを繰り返す無職成人男性がいた。世界はループしていないし、無職成人男性の部屋の窓を割って入ってくるうつくしい女の人は、どこを探してもいない。状態異常《発狂》なんて無いし、《狂化》なんてのはもっと無い。世界は消せないし消えることもない。僕はヒューマンのままだ。あっ、尿意。そういえば昨日トイレ行かずに寝たな。おしっこおしっこ。




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